「円(まどか)なること太虚に同じ、欠けること無く余ること無し。」
いきなりの難解な言葉で申し訳ございません。今月はもう読むの止めよう!と思われた方、もう少しお付き合いください。
冒頭は『信心(しんじん)銘(めい)』という書物の一節。達磨さんから数えて3代目の祖師である僧璨(そうさん)禅師の著作と信じられています。
「円なること太虚に同じ、欠けること無く余ること無し。」
これは「道は大空のようにまどかで、足らぬところも余るところも無いのだ。」という意味。ここで道というのは修行の道ということでは無く、それぞれの存在と考えて見てください。
「私達は大空の如くまどかな存在で、足らぬところも余るところも無いのだ。」と理解することが出来ます。それではこれを我が子に当てはめてみましょう。
「この子は大空の如くまどかな存在で、足らぬところも余るところも無いのだ。」
まさに、保護者の皆さんにとってお子様は「大空の如くまどかな存在」に相違ありません。
そうは思わない方もいらっしゃいますか?それではこれに続く言葉を紹介致しましょう。
「まことに取捨による。所以に不如なり。」(より好みするからこそ、不自然なことに陥るのである。)
私達は大切な我が子を、時に他のお子様と比べ、一喜一憂することがあります。「まことに取捨による云々」というのはこの事です。社会を生きる上では、人間の能力に順番が付されるのは致し方無い事かもしれません。しかし、人間には他と比べるべきで無い大切なものがある事を、親たる私達は忘れてはいけないのです。
「円なること太虚に同じ、欠けること無く余ること無し。」
落ち着いて考えれば、誰もが気付いていることです。しかし、人間冷静な時ばかりでは無いから、日々訓練が必要ですね。
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