先日、所用があり花園禅塾という学生時代にお世話になった寮を訪ねました。私は寮で過ごしたのは三十年以上前の昭和後期ですから建物も場所も異なりますが、備品の中には開塾以来と使用していると思われる品々や、実用的な注意書きに恩師の筆跡を見つけると学生時代の思い出が自然に脳裏を過ぎります。
全国から集まった寺の息子や様々な事情で僧侶になった者、言わば同じ境遇の学生が五十名近く坊主頭を並べて過ごす清々しい光景の中、若干ええ格好しいの私は嘲笑の的となる東北弁が出ぬように細心の注意を払い、門限十八時と不慣れな坐禅に辟易しながら日々を過ごしていました。
そんな禅塾の一番の思い出はトイレ掃除。たまたま塾頭さんが使用するトイレ掃除の担当となった私は、先輩のレクチャー通りに文字通り、便器も床も舐めても良いくらいにピカピカに仕上げました。完璧と思われる掃除をした私は意気揚々と塾頭さんに掃除の終了を報告して、作業の確認をして頂きます。塾頭さんはトイレに入るなり「ほう！綺麗なもんやな！」と言いつつ小便器の排水口をふさぐ円盤状の蓋を素手で掴み、裏をチェック…。「あっ！そこはマニュアルにありませんでした！」という私の心の声は当然聴こえる筈も無く、大変なお叱りを被って先程迄の私のドヤ顔はみるみる内に蒼白に…。「汚いと思ってやるから云々」と仰る塾頭さんは尿の汚れがこびりついた円盤を素手で掴み、自らの爪で引っ掻いでお掃除されています。「うわっ！キタね！」と再び心の声がしますが、尊敬する老師様が自ら手を汚しておられるのに自分がしない訳には行きません。十八歳の子供ですから嫌々ではありますが、誰のかも知れぬ小便のカスを爪で刮ぎ取ります。そうこうしているうちに良い機会だからと寮中のトイレから円盤が私の前に運ばれて…。（中略〜最後まで一人でやり遂げましたよ！爪はフニャフニャにふやけましたけど。）本当に良い修行になりました！
今の時代なら一人の学生にトイレの円盤二十個以上も預け、素手で掃除させたら体罰やイジメと言われるかもしれませんね。しかし、私はこの塾頭さんのご指導を三十年以上経た今でもとても感謝しています。この頃の私はとかく要領良く物事を為そうとする癖がありましたから、まさに応病与薬のご教示でした。
イジメや体罰と、大慈悲から放たれる厳しい指導は全く異なります。和顔愛語が今月の保育目標ですが、ただニヤニヤ笑い甘い言葉を掛けることではありません。相手の成長や幸せを只管に願い施される行為こそが和顔愛語です。
※和顔愛語の一般的な意味は先生の文章をご覧ください。
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