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法螺貝 住職の法話

令和三年十二月発行

「苦行から修行へ」

12月8日は成道会、日本ではお釈迦様お悟りの日であると信じられています。 
29才で修行者となられたお釈迦様は、出家当初、伝統的な瞑想の修行に取り組み、一定の成果をあげたそうです。しかしお釈迦様は思いました。瞑想中は大変に安らかな心地になるが、瞑想を終えれば、また迷った自分に戻ってしまう…。お釈迦様は瞑想の修行を離れ、苦行を専らとして自らの肉体を虐め抜きました。中でも熾烈を極めたのは断食です。始めは1日に大豆1粒、次の段階では小豆1粒、さらに米1粒と徐々に量を減らし、ついにはまったく食事を断ってしまったといいます。この行によりお腹から背骨が触れるほど痩せ細ったお釈迦様でしたが、いまだ不退転の境涯には到達出来ません。さらに苦しい行が必要であると思ったお釈迦様は何と息を止める行に取り組み、ついに瀕死の状態に陥るのです。
その時、お釈迦様の耳に女性の泣き声が聞こえました。それは他でもないお釈迦様生後7日目に亡くなった母マーヤ様の声でした。
「私は立派にあなたを産んでその姿たるや獅子王のようだったのに、苦行などで命を落として…」
お釈迦様はこの声に正気を取り戻し、苦行を捨てて、神木に乳粥を供えに来たスジャータからその粥の供養を受けて元気を取り戻し、坐禅に取り組みます。後に菩提樹と呼ばれるようになるピッパラ樹下で坐禅をするまでに様々な出来事がありますが、今回はすべて割愛!
とにかくお釈迦様は苦行を捨てて、楽を求めるのでも苦を求めるのでも無い中道を進む決心をしたのです。禅宗では12月8日の釈尊成道にちなんで臘八大接心という修行を行います。1週間の坐禅は寒い時期と重なり、足の痛みも相当なもので、凡夫である私などは「お釈迦様は苦行を捨てたというけれど、坐禅は充分に苦行では?」とつい不敬なことを考えてしまいます。
もちろん、坐禅中のお釈迦様もそれなりに脚は痛かったと思います。しかし苦行中のお釈迦様と菩提樹の下、坐禅に取り組むお釈迦様の心境は全く違っていました。
苦行中のお釈迦様は苦行によって解脱を求めていたものが、いつの間にか苦しみを極めることが目標となっていたのではないでしょうか?手段の目的化ですね。これは我々の生活の中にもよくあることです。幸せを実現する為に貯蓄をしたり、稼いだりしている筈なのに、いつの間にか金銭そのものを集める事がゴールとなってしまう…。一生懸命にものごとに取り組むと、ともすれば視野が狭くなり、本当の目標が見えなくなってしまう事がよくあるものです。気をつけなくてはいけませんね。迷ったら原点に立ち返る!結局これが一番!

 

 
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