令和八年三月発行
「亀がスッポンに」
「三人亀を證して鼈(べつ)と成す」という禅の言葉があります。禅語の辞書を紐解くと「三人が口をそろえると亀がすっぽんとして通用する。衆人を惑わすところ黒白が顛倒することの喩(たと)え」(禅語辞典)、「三人が三人ともすっぽんだと言ってしまえば、亀もすっぽんになってしまう。三人とも誤りだの意。」(禅語字彙)という意味があるようです。
香林澄遠(ちょうおん)和尚という方の問答に次のようなものがあります。
まず弟子が問いました
「如何なるか室内一盞(いっさん)の灯」(部屋の中の一皿のともし火、これは何ですか?」
香林和尚は答えました。
「三人亀を證して鼈と成す」
弟子の質問にある室内一盞の灯とは現実の灯ではありません。我々の心にある命そのもののことを示しています。香林和尚の答えはいろいろな人が言葉で説明しようとすると真実から離れてしまうという意味です。すると弟子はまた尋ねます。
「如何なるか衲衣下の事」(我々の修行の心得はいかがでございますか?)
香林和尚は答えます。
「臘月、火、山を焼く」(十二月になると農家が山焼きをする)
香林和尚の答えは農家の方々が山を焼くことによって春になればより良い若葉が生じ、山の野草なども見事に成長するように、それぞれの修行者も山を焼くような精進をして、余分な計らいを焼き尽くしてしまいなさい。そうすれば本来の自己というものが見事に働くであろうという訓戒です。
社会生活を営む我々にとって「臘月、火、山を焼く」というような無に徹底した行動は難しいところですが、社会の動向や身の回りの出来事を感じる上で、亀をスッポンと間違うような過ちを行なっていないか良く見極めたいものです。
















