大愚宗築禅師「心有空劫滯凡夫云々」
大愚宗築禅師(1584~1669)「心有空劫滯凡夫云々」
「心有空劫滯凡夫心無刹那登妙覺」は『碧巌録』一則本則評唱にある「心有曠劫滯凡夫心無刹那登妙覺」に基づく語句で、「心有(う)なれば空劫に凡夫に滞り、心無なれば刹那にして妙覺に登る。」(心に邪念があると未来永劫、迷いの身となり、心が無であるならば、ただちに仏となる。)と読むことが出来る。文末の「漏逗(ろとう)少なからず」は「祖師方の親切の過ぎたることよ。」との意。
大愚禅師の道友である瑞巌寺中興開山雲居禅師もこの語句を好んで用い「心有なれば曠劫に凡夫に滯り、心無なれば刹那にして妙覺に登る。諸善男子、吾が這裏、法の説く可き無く、語の示す可き無し、只だ此の両句を以て、行住坐臥の銘箴(めいしん)と為す。」(『雲居和尚語録』)と述べている。