小池曲江居士「鶴図」
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天保己亥は天保十年。本来であれば曲江居士は八十二才だが署名には七十八とある。平成九年に仙台市博物館で開催された曲江展の図録を確認すると同様に署名の干支と年齢が合致しない作品が散見されるが理由は詳らかでは無い。
下浣(げかん)は下澣とも表記し二十日頃を意味する。唐時代の制度で月のうち十日ごとに官吏に休暇を与え、自宅で入浴させたところから十日を単位として「浣」(すすぐの意)と言った。
下浣(げかん)は下澣とも表記し二十日頃を意味する。唐時代の制度で月のうち十日ごとに官吏に休暇を与え、自宅で入浴させたところから十日を単位として「浣」(すすぐの意)と言った。