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東園寺所蔵書画

盤龍禅礎老師「大黒画賛」

太陽和尚 馬上青年

大黒画賛 盤龍禅礎老師

大黒はサンスクリット語マハーカーラの訳。大日経によれば、邪神であるダキニ天を除くために毘廬遮那が身を変じた忿怒神であるが、本邦で親しまれるのは頭巾をかぶり、俵にのった福徳圓満なる姿をした、七福神のひとりであるところの「大黒さん」である。盤龍老師の賛の要点は、元来無垢清浄であるはずの自性(本来の心)を更に磨けという意味である。「衆生本来仏なり」とはいうけれど、自らが仏であることに気付くためには大変な努力が要される。世に完成されたものなど無い更に向上の一路に勤めよ!

 ところで大黒さんが僧侶の妻を意味することをご存知だろうか?大黒さんは僧侶の生活の場である厨の神であることから、寺の飯炊き女をそうよんだのだともいい、大黒天の縁日である甲子から、子(ね=寝)祭りとしゃれたのだともいう。何れにしても僧侶の妻帯が秘事であった頃の名残である。

大黒群情を誘うて 珠を濯えば心水清し
  若し人自性を磨けば 自性更に霊明ならん
                 盤龍拝写

 この賛文は妙心寺管長匡道慧潭老師の大黒画賛を写したものであると思われる。盤龍老師は俵に乗った大黒画賛にも匡道慧潭老師の賛を写している。匡道慧潭老師は泉州堺の人で妙心寺に六住(六度住職となる)、明治28年に花園法皇の550年遠諱を管長として厳修し、同年10月に遷化している。匡道老師は神戸祥福寺の師家でもあったので、明治24年但馬の楊岐庵の主を経て、明治28年姫路の慶雲寺僧堂に師家として入寺した盤龍老師とは何かしらの接点があったのかもしれない。また邂逅が無かったとしても、枯淡で知られる匡道老師の境涯に私淑するものがあったのであろう。因みに匡道老師は1808年(文化5年)生まれ、盤龍老師は1848年(嘉永元年)生まれである。

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