伊達吉村公「遊蝶花画」
吉村公は、仙台藩の第五代藩主で、伊達氏の第二十一代当主。出自は伊達家一門の宮床伊達氏。父は第二代藩主忠宗公の八男・宗房公(吉村は宗房の長男)。母は片倉景長の娘。四代藩主綱村公の長男・扇千代丸が早世したために養嗣子となり、元禄十六年(1703年)、綱村公の隠居にともない家督を継ぐ。藩の財政再建に尽力し、伊達家中興の名君と称される。書、絵画、和歌などに精通し、藩内に学問所を開いて学芸を奨励した。寛保3年(1743年)、宗村公に家督を譲って隠居し、宝暦元年(1751年)に72歳で死去。