鵬雲東搏禅師「消息(手紙)岩谷堂伊達家宛」
鵬雲東搏(ほううんとうばく)禅師は、尾張総見寺北禅禅秀禅師(妙心寺二百世)の下で得度。瑞巌寺百世洞水東初禅師の法を嗣ぐ。
五十歳の時に瑞巌寺住職に就任。宮床覚照寺の前身である慶雲寺、鹿島台慈明寺等を開創。元禄十六年(一七〇三)九十二歳を以て遷化。松島扇谷に埋葬。塔を金翅塔と名付く。
(作品)鵬雲和尚が政宗公の遠諱に当たり、某人の恩赦を岩谷堂伊達家に対し懇願している内容。鵬雲禅師瑞巌寺住職在任中の政宗公法事とは三十三回忌(鵬雲五十七歳)か五十回忌(鵬雲七十四歳)と思われる。