令和六年十一月発行
「伊達政宗公の戒名」
「瑞巌寺殿前黄門貞山禅利大居士」、仙台藩・藩祖伊達政宗公の戒名です。瑞巌寺殿は言うまでもなく瑞巌寺が菩提寺であること。次に前黄門は「前(さきの)黄門」という意味。黄門は政宗公の官位である権中納言の中国の呼称になります。
厳密に言えば「貞山禅利」が戒名部分で、一文字目と四文字目が熟語化するように文字を配置するという戒名作成の作法から言えば、戒名の意味を理解するにはまさにこの一文字目、四文字目で出来る語句を吟味する必要があります。
政宗公の戒名では「利貞」の部分がこれに当たります。利貞の典拠は『易経』に説かれる「元亨利貞(げんこうりてい)」。元は物事の始まりで春の如く、亨は物事の成長で夏の如く、利は収穫で秋の如く、貞は物事の完成で冬に喩えられ、収穫で得た穀物を酒にして神に供え、さらに余を春に蒔く種子として次代に伝えることを表します。政宗公の戒名は仙台藩の基礎を構築し、徳の種を蒔き、それを瑞巌寺や鹽竈神社などの神仏に供え、さらに二代目の忠宗公にバトンを渡し、忠宗公がその基盤をより強固にされたという意味で上手く人生が表現された戒名と言えるでしょう。
現代人は次代に何かしら遺すという余裕が無くなったように感じます。また次代を担う者の中にも「何か遺されても困る」と考える方もチラホラ…。
厳密に言えば「貞山禅利」が戒名部分で、一文字目と四文字目が熟語化するように文字を配置するという戒名作成の作法から言えば、戒名の意味を理解するにはまさにこの一文字目、四文字目で出来る語句を吟味する必要があります。
政宗公の戒名では「利貞」の部分がこれに当たります。利貞の典拠は『易経』に説かれる「元亨利貞(げんこうりてい)」。元は物事の始まりで春の如く、亨は物事の成長で夏の如く、利は収穫で秋の如く、貞は物事の完成で冬に喩えられ、収穫で得た穀物を酒にして神に供え、さらに余を春に蒔く種子として次代に伝えることを表します。政宗公の戒名は仙台藩の基礎を構築し、徳の種を蒔き、それを瑞巌寺や鹽竈神社などの神仏に供え、さらに二代目の忠宗公にバトンを渡し、忠宗公がその基盤をより強固にされたという意味で上手く人生が表現された戒名と言えるでしょう。
現代人は次代に何かしら遺すという余裕が無くなったように感じます。また次代を担う者の中にも「何か遺されても困る」と考える方もチラホラ…。