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法螺貝 住職の法話

平成十九年七月発行

『阿弥陀仏悟れば即ち此去不遠迷えば遥かの西にこそあれ』

浄土は此去不遠(こしふおん)
「阿弥陀仏悟れば即ち此去不遠迷えば遥かの西にこそあれ」
これは瑞巖寺中興の祖、雲居希膺(うんごきよう)禅師が記した往生(おうじょう)要歌(ようか)の一節です。雲居禅師は往生要歌を通じて、念仏禅を政宗公の夫人である愛(めご)姫(ひめ)や娘である五郎八姫(いろはひめ)に教えた方ですが、現在一般にはあまり知られていないようです。瑞巖寺といえば禅寺!禅寺で念仏とは?と不思議に思う方もおられるかと存じますが、事実念仏嫌いとされる京都大本山妙心寺からは、雲居禅師の念仏禅は祖師に対し不遜である誤認されたようで、雲居禅師の弟子の南明和尚が往生要歌の版木を燃やして本山の許しを請うたとも伝えられます。

しかし冒頭の一句からも理解できるように雲居禅師の念仏は、自らの心を調えることにより、此土こそが浄土であることを体験することを目指すもので、なんら禅の教えに反することはないのです。坐禅や禅問答というものは僧侶や武士には有益であっても、一般に難解であることは昔も今も同じで、わかりやすい雲居禅師の念仏は版木が燃やされても新たに版がおこされ人口に膾炙されました。松島では昭和四十年代頃まではこの雲居念仏を唱える方があったそうです。

密教の真言、浄土宗の念仏、法華の題目のように短い言葉を無心に唱えるということは、随分と心を落ち着かせてくれるものです。禅宗では坐禅によりこの三昧に入るのですが、慣れないものにとってはなかなか難しいものです。雲居禅師が遺された往生要歌は、繰り返し念仏を唱える部分と、現代人の我々にも理解できる簡潔なフレーズで禅を説く部分があり、在家の方が禅を実践するにあたっては非常に興味深いものです。京都から遠い松島だからこそ連綿として続けられた雲居念仏。是非復興させたい東北の宗教儀礼であります。

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