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法螺貝 住職の法話

平成二十二年三月発行

『彼岸』

 インドのベナレスを訪れたときのことです。ベナレスは数あるインドの観光地の中でもタージ・マハールに次ぐ著名な場所。ガンジス河のガートと呼ばれる沐浴場には、たくさんの巡礼者とともにその沐浴光景を一目見ようとする多くの外国人達が訪れます。そんなベナレスですが、世界的観光地であり聖地である割には、お世辞にも綺麗とは言えない場所です。道が整備されていないとかというような問題では無く、とにかく汚いのです。この街を訪れた際の大醐味として古い街並みを残す路地を歩くことがありますが、このレンガで敷き詰められた路地の所々にゴミの山があります。

 私はインド人のガイドに「何故インドでも多くの外国人の訪れる地であり、インド人が聖なる地として尊ぶベナレスがこんなに汚いのか?」と尋ねたところ、そのガイドはゴミの山を指さし答えます。「ちょっとあのゴミをしばらく見ていて下さい。」言われた通りゴミの山を眺めていると、野良犬やヤギがゴミの山から食料になるものを探しています。さらに牛もやって来ました。そして、今度はホームレスと思しき人が焚きものになりそうな木端を拾っているではありませんか!ガイドは私に得意げに言いました。「あなたにはゴミの山に見えるかもしれませんが、彼らにとっては宝の山なのですよ!」

  まさにこれこそが、般若心経の世界。不垢不浄!ものごとを勝手に色付けし善し悪し、長短と言っていてはものの本質を見失うという真理!勉強になりました!もちろん深遠な真理よりも、見た目に綺麗な方が私の望むところでは有りますが…。しかし、人生に行き詰った時には、このようなインド的な考え方が私たちの気持を楽にさせ、ものごとの判断を正してくれる助けとなるのは間違いありません。

 彼岸会は日本独自の仏教行事で、一説には早良親王という方の御霊を慰める為、太陽が西の正中に沈む春分と秋分の日を中日に一週間金剛経を読誦したことに始まるとも言われます。彼岸という言葉は、迷いの世界である此岸に対し、悟りの世界のことを意味します。矛盾を含んだ表現になりますが、此岸とか彼岸という対立した概念を超えたところが本当の彼岸の世界。それこそ前述の不垢不浄の世界であります。つまり、心の持ちようによっては、どこでも彼岸ということですね。 

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東園寺 中興開山

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