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法螺貝 住職の法話

平成二十二年六月発行

『日々是好日』

日々是好日。掛け軸などでもよく見かける言葉です。しかし、禅問答に由来する言葉であることは、あまり知られていないかもしれません。これは唐の時代の禅僧、雲門さんの問答に由来する言葉です。

 (雲門)「十五日以前の事は君に聞かない。十五日以後どんな心持で生きるつもりか云ってみなさい!」(弟子)「…。」(雲門)「日々是好日」
昔は7日ごとに布薩会というものが行われ、15日は懺悔の会が厳修されていました。15日以前のことはさておき、15日以後と雲門禅師が質問している背景はここにあります。「日々是好日」というのは「毎日がお天気だ!」という意味。もちろん、天候の良し悪しを言っているのでは無く、心中の天気の事を言っているのであります。つまりどんな苦境にあろうと、どんな世間的な名利を得ようとも、心は動ぜず、お天気続きだよ!ということですね。良し悪しを超えたところに永遠の安楽があると言うのです。

 雲門禅師は簡単な言葉でおっしゃっていますが、実際に我が身でこれを行じるということは大変難しいことです。心中のお天気を脅かすような出来事が我々の社会には多すぎますからね。しかし、それでもどんな逆境にあろうとも、自分自身を落ち着いて見つめることが出来れば、私達の日常はずいぶん楽になるものです。

 江戸初期の禅僧に大愚宗築という方がいます。この方、江戸に居られた時分に大名お抱えの松虫鈴虫という二人の女性の命を助けたことが誤解され、妙心寺より出頭禁止の処分を受けたことがありました。大愚禅師、ご自身の汚名を晴らすべく上洛しようとしましたが、道中、ふと耳にした「何をくよくよ北山しぐれ、思い無ければ晴れて行く。」という馬子唄に心開かれ、本山に弁明することも馬鹿らしくなり、自ら江戸という華やかな場所を去り、これをきっかけに悟りの境地を深める時を持てたと言います。これこそ日々是好日を身に活かした境涯と言えるでしょう。

  しかし、「日々是好日」という言葉。何か陽気で良いですね。少なくとも、この言葉には自分の気持ちを抑えて苦痛を耐え忍ぶという風は感じられません。私はカラッと明るくて、希望が生まれるような力がある言葉であると思います。日々是好日。禅門では「にちにちこれこうにち」もしくは「にちにちこれこうじつ」と読みます。

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