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法螺貝 住職の法話

平成二十三年十月発行

『七転び八起き』


 七花八裂(しちかはちれつーものごとがバラバラになること)、七嘴八舌(しちしはちぜつー意見が多いこと)、七顛八倒(しちてんばっとうー何度もころびたおれる)等、七と八が含まれる四字熟語は少なくありません。これが中国語という領域になると、さらに用例が増えるそうです。  
 七顛(転)八起もこの四字熟語の一つでありますが、大漢和辞典を調べると、七顛八起だけが「ななころびやおき」と訓読の読みがなされています。そして、大概の四字熟語には出典がありますが、漢和辞典には出典が記されていません。「七転び八起き」と言えば達磨さんと思い花園大学の電子達磨というサイトで、禅の書籍を調べても出自が見出せませんでした。  
 「よの中は夢まぼろし、七ころひ八をき」
 「七転び、八起きといえる世の中の、諺はありながら」
と日本の古典や浄瑠璃の文句には、七顛八起という言葉は良く使われており、「転んでも起ち上がる」というよりも、「人の世の浮き沈みの激しい事」を意味する場合も多いようです。日本語なのでしょうねぇ。
 因みに、七顛八倒は禅の語録に見られる言葉で、碧巌録では「ここに到って七顛八倒、一切時中に於いて大自在を得。」(何ものにも捉われない心境が分かって、浮き沈み多い世の中で、大自在を得ることが出来る。)という具合に使われています。
 七顛八倒が禅の語録の言葉で、七顛八起が語録の言葉で無いというのも興味深いところですが、「七回しか転んで無いのに、何故八回も起ちあがるのだ?」という疑問を持たれる方がおられます。その答えは簡単!人間というものはハイハイから立ち上がることから始まるから、転んだ数より一つ多いのですよ! 起ち上がって無いと転べないでしょう?というのは良く法話等で述べられるネタ。本当は七とか八を用いた四字熟語は「たびたび」とか「何度も」という頻繁さを表現したもので、具体的な数ではありません。でも、七顛八起に対する「人間は最初起つことから始まるから、起つ方が一回多いのだ。」という説明も悪くはないと思います。

 
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