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法螺貝 住職の法話

平成十六年六月 発行

『 万劫(まんごう)にも受け難きは人身
億劫(おくごう)にも遇い難きは仏法なり 』

劫(こう)とはインドの時間の単位で最も長いカルパを音写したもので、世界の年齢を意味します。経典では四十里の四方の城に芥子粒(けしつぶ)を満たしこれを百年に一度一粒取り出し、ついに芥子粒が尽きても劫は終わらないなどと喩えられます。ですから冒頭の句は、この途方もない一劫の一万倍という途方も無い時間生死(しょうじ)流転(るてん)してやっとたどり着くのがそれぞれの人間の姿であり、さらに人間として誕生しても有難いお釈迦様の教えに触れることは更に難しく有難いことであるという意味です。

大阪に創業以来何十年も汁を変えていないというおでん屋さんがあります。煮汁に毎日火を通し、足りない水分を補いながら何十年も、深みのある味を維持しているのです。一日でも火を入れることを怠れば忽ち汁は腐ってしまいます。毎日毎日、たとえ店は休んでも鍋に火を入れることだけは怠ることが出来ません。鍋に火を入れることはそれ程難しいことではありませんが、これを毎日何十年も継続するということは、至難の業でありましょう。

私たちが預かっている命というものも、このおでんの煮汁に似ているような気がします。我々現代人にとって生まれ変わり輪廻して今生に至ったという「劫」の観念は信じがたいものがあるかもしれません。しかし科学的現実的に見ても、我々が生まれるまでに様々な天変地異や大きな歴史の変動を経ながら、一度も途切れることなく、繋がれて来ているのが私たちの生命であるということは容易に理解出来る筈です。まさにおでんの煮汁の如く、先祖伝来滞ること無く、毎日、空気、水、食物といった自然の産物の恩恵を、与えられ続け、支えられてきた私たちの命です。そんな宝物を仏教的に表現すると表記のような言葉になるのでしょう。

平成十六年四月 発行

『 おしゃかさまの誕生 』

仏教の開祖お釈迦様は紀元前463年より紀元前383年までインド・ネパールに実在した人物です。経典によれば、お釈迦様は誕生されるとすぐに東西南北と天と地を見渡し、それぞれの方角に七歩歩まれ「天にも地にもただ我一人尊し」(この言葉は、この世のすべてのものが尊い生命―仏の心を有していると解釈されます。)と言われたと伝えられます。天と地を指差した誕生仏に甘茶をかけてお祝いする花祭りは、このお釈迦様誕生の伝説に基づくものです。

これは宗教の開祖にありがちな大げさな話で、現代人にはとても信じるに足るものではありませんが、この話に対し、今から千年も前にケチを付けた坊さんがいます。雲門という禅僧です。雲門はこのお釈迦様誕生の伝説に対し、「もしわしがそこに居合わせたならば、その妖怪を棒で引っ叩いて犬の餌にしてやるのに!」とコメントしています。何とも乱暴な話ですが、雲門の意図するところは、次の通りです。「そんな生まれながらに、トコトコ歩いたり難しいことを喋ったりするような化け物じみた人間ならば、母の死を思い悩むことがあっただろうか?生老病死の苦しみを恐れることがあっただろうか?父妻子息を捨てて修行者になる必要があっただろうか?お釈迦様とて肉体的には生身の人間で我々と異なるところは無いのだ。そんな伝説にとらわれていては、真実のお釈迦様を見失うことになるぞ。お釈迦様と自分自身と、なんら変わらぬ仏の心があると信じて修行に励むことが、真にお釈迦様の教えを守り、お釈迦様を讃えることになるである。」

禅の教えでは仏を崇拝することよりも、その有難い仏様の心が、我々自身の内にあることに気付くことを最大の宗教的な目標と致します。先祖供養においてもこれは同じで、先祖の心が自分自身に生きていることを思い、これに感謝することが禅における供養の肝心要であるといえます

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東園寺 中興開山

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花園妙心寺 ご開山さま
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